大人になりたい。


年齢上は大人なわけですが。





昔から、「落ち着いてるね」とか「大人だね」なんて言われることが多かった。

だからその言葉に甘んじていたのかも。





年齢っていうのはあくまでこの世に生まれてから何年経ったかを表す数字だと思っている。

だから毎年誕生日を迎えるごとに体は確実に年を重ねるけれど、内面も同じかというとそれは違うと思う。

わたしは今26歳だけど、内面もその年齢に追いついているかと言われるとそうじゃない気がする。

多分、21、22歳くらいなんじゃないか…
さすがに幼すぎか…


内面の年齢自体も統一はされてなくて、

例えば、仕事における考え方は年相応だけど、人間関係においては20歳くらいだとか。

うーん、ちょっと上手く表現出来ないけど。


主に人間関係ですね。

大人になりたい。

そろそろ人と関わってみようかな。


ここ数年、対人恐怖症のような感じになっていて、人との関わりを極力避けていた。

元々内向的な気質もあって、人と関わらなくてもさほど影響はないかなと思ってはいたのだけど。

気づいたら殆ど人と会話せずに1日を終える日も多くなっていて、毎日がなんだか味気ないなって思う今日この頃。

人との関わりによって生活が豊かになるかは分からないけれど、ちょっと頑張ってみようかなと思う。

何から始めたらいいかな。

もやっとした気持ちの記録

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期間限定で父と二人暮らしをしている。時間で言うと24時間ほどだ。


母がいないって相当珍しいから、夕ご飯何にしようかなーなんて張り切りながらここ数日間を過ごしてきた。


それなのに。


今朝、朝ご飯を食べていたら父から驚きの言葉が聞こえてきた。


父「今日夕飯どうするか分からない。後でLINEする。」





は…?




一瞬の出来事だったので、その言葉の意味がよく分からず危うくスルーしかけたけれど。


さ「それって夕飯いらないかもってこと?」


父「うん。もしいるならさーが作ってくれるんでしょ?」





夕ご飯がいるかいらないか。

それはわたしも確認不足だったので仕方ない。

でも、それよりも当たり前かのように「作ってくれるんでしょ」なんて言ってきたことに対してわたしはとてもとてももやもやしている。







父は家の事は何もしない。いや、出来ないと言ったほうが正しい。


母曰く、

「わたしは(父の)家政婦だと思ってるから。」

とのことだ。
※補足すると、主従関係のような雰囲気ではない。母から父に対して文句を言うことは当たり前のようにあるし、どちらかと言えば仲は良いほうかなとは思う。ただ、身の回りのことは母がほとんどしているというだけ。


父が何も出来ないというのは分かっているから、夕ご飯を作るだとかその他家事をすることになるのは構わないのだけど。


娘に対しても当たり前のように家政婦さを求めてくるのってどうなんでしょう。


ここでもやもやを感じてしまうわたしっておかしいのかしら。









わたしは、人に対して何かをするのが得意ではない。

行為としては出来るけど、心の中で「なんでわたしが…」って思ってしまうことがある。

それはわたしの性格の良くないところなのだけど。


ただ、誰に対しても無条件に思うわけではなくて、

・わたしのことを尊重してくれない人

・してもらって当たり前と思っている人

などに対して特に感じる気持ちかなと思っている。


それ以外にも面倒くさいなどという相手に関係ない理由もあるので一概には言えないけどね。


今朝の出来事はまさに、

ご飯をつくってくれて「当たり前」と思っている様子を父から感じたからもやっとしたのだなーと思う。



ご飯作るのだって一瞬でぱっと出来るわけじゃないのになー

特にわたしは、手際が悪くて時間がかかる。

それなのに未だLINEは来ていない。



だからわたしは決めた。


17時を過ぎてもLINEが来なければ

「自分の分はお弁当でも買ってきてください。」

とこっちから連絡しようと。


母も娘も家政婦じゃないんだぞ、気づけ父!!

わたしはわたしで良いじゃない。




・人を信じられなくて良いじゃん

→ 心が弱いから、信じてた人やものに裏切られたときのダメージを考えると、自己防衛としては最適だと思う。
信じようと無理しても苦しくなるだけ。
いつか心から信じられるものにひとつでも出会えると良いなあ。
心から信じられる自分になれると良いなあ。


Twitterにはりついていても良いじゃん

→ 有益なものからゆるーいものまで色々な情報を得られるもの。暗いつぶやきだって共感するし、自分も暗めな内容多いし。
情報過多になったら少し距離を開ければ良いし、嫌なものはブロックすれば良い。


・ピンク色が好きだって良いじゃん

→ 好きな色は他にもあれど、何だかんだでピンク色を選ぶことが多い。選ぶというより、自然と手に取るというか。
気づくとピンク色に囲まれていても、気にしない。


・口下手だって良いじゃん

→ その分聞き上手になりたいね。
会話が続かなくたって良い。知らない人とひとことふたこと交わせるだけで素晴らしいことよ。


・自分ルールを破ったって良いじゃん

→ ルールがあると必ず守らなきゃって頭固くなっちゃう。それも良いことだけど、たまには無視したって良いよ。
ストイックすぎても辛くなるよ。


・香り重視でシャンプー買っても良いじゃん

→ 買った(笑)
将来薄毛になる髪質だから、やさしいシャンプーを使っているけど、たまには良い香りが持続するシャンプーも使いたいのです。
それだけで幸福度上がった。


・勉強なんてしなくて良いじゃん

→ それは…(・x・)ダメ
たまにサボるのはもちろんおっけー。
けれど少しずつでも大学卒業に近づいていきたいし、それを達成しても勉強は一生続けていきたいから。




いつもいつもいつも

自分のやること考えることなんて肯定出来ないんです、わたしは。

自己肯定なんていっても、26年間ずっと自己否定で生きてきたから、そう簡単には考え方は変えられない。

変えない方が辛いけど楽だって直感的に分かっているのでしょうね。

だけど、たまにはこうして自分を肯定してみよう。


自分で自分を幸せにするための第一歩。

高卒ということ。

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わたしは高卒だ。

行きたいと思った高校が商業高校で、学生時代は部活に明け暮れ、将来のことなど現実的には考えず、卒業後は就職した。

なぜ高卒になったのか、考えてみようと思う。


勉強に対する努力をしなかった


出身高校は、(商業高校ということを考慮すれば)割と良いポジションにあったと思う。
倍率が高かったから、偏差値以上の難易度はあったかもしれない。
と言っても、中学時代普通に勉強していれば入れるレベルだと思うけど。

わたしは中学時代、勉強は普通だが、部活や生活態度はかなり頑張っていたので内申点は高かった。
その甲斐あって、高校には推薦入試で入ったから、勉強面でその高校のレベルに合っていたかは分からない。

高校は部活目当てで入ったから、部活に関しては本当に本当に頑張った。
まあ、その後色々あり辞めてしまったんだけどね…
(↓その時の話)
tsukyolife.hateblo.jp



そして、高校入学と同時に携帯電話を買ってもらい、ネットにもかなりのめり込んでしまった。

朝から夜まで部活して、家での時間はネットして。
勉強を頑張った記憶なんて殆どない。
せいぜい検定試験前。(それでも落ちた検定も多かった…)
テストは赤点常習者で、よく留年せずに卒業出来たなというレベル。

部活も勉強も頑張っている人も周りにはいたけど、自分は勉強に対する気持ちがまるでなくて、勉強する意味もないと思っていた。
先輩からも、「勉強をおろそかにしてはいけない」なんて言われていたけど、他人事だと思って聞いていた。


一応付け加えておくと、出身高校は商業高校と言えども進学する人のほうが多かったし、就職でも公務員や大手企業にいく人も多かったので、頑張れる環境は整っていたと思う。



家庭の経済状況


思い返してみると、わたしが出身高校に行きたいと思う以前から、母からは商業高校が良いと勧められていた。
そして、卒業後は働いてほしいとも言われていた。
それは親自身が同じような道を進んできたことと、家庭の経済状況が関係していたと思う。


わたしが進路について考えていた頃に親が勤めていた会社がなくなった。
当時、わたしは色々なことで自暴自棄で、進路なんてどうでも良かった。
本心では、音楽をしっかり勉強したかったのだけど、音楽系の学校はお金がかかる。
親は口では「学校行きたいなら行ってもいいよ」とは言ってくれたけど、そんなの無理って決めつけていた。

今思うと、もっと広い視野で色々な選択肢を考えて、先生にも相談すれば良かったのになあ。

結局、なげやりに就職を決めて卒業した。


ネットでは、
「家庭の経済状況で進学できなかった」
という声に対して
奨学金があったのに」
なんていうやりとりを見ることがある。

実際、奨学金があれば進学できたケースもあるかもしれない。
ただ一つ言いたいのは、経済状況を理由に進学出来ない家庭は、学費を工面する問題以前に子どもが働いて家にお金を入れてくれることを頼りにしている場合もあるということ。


わたしの場合は、勉強の努力をしなかったし、進路に対する考えも非常に甘かったから、総じて努力不足だったと言える。
その上で、やっぱり親から働いてお金を入れてほしいという希望って進路に与える影響は大きいし、無視できなかった。
だから先に述べたようなやりとりを見ると、なんとも胸が苦しくなる。
もっともっと考えれば、働きながら夜間とか選択肢が皆無だったわけではないのだけど。
だから結局経済状況なんて都合の良い言い訳だってことも分かるのだけど。
でもなんだか悔しい気持ちになってしまう。



まとめ


わたしが高卒なのは、勉強に対する努力をしなかったことと、家庭の経済状況によるところが大きいというのがわたしなりに考えた結果だ。

今回このような記事を書こうと思ったのは、ネットで学歴に関するものを目にして、ものすごーくもやもやとした気持ちになったから。
いわば自己満足というか、自分を納得させるため。


わたしは学歴コンプレックス。
高卒って言葉には反応してしまいます。

だからこそ、通信ではあるけれど大学で勉強して、名義上は大卒になりたいと思ったの。
そんなの大卒じゃない、大学生活を経験してこそだなんて言う人思う人がいるのも知っている。
今さら、なんて自分でも思ってしまう時があるし、本当に自己満足なんだけど。
それでも大卒になりたい。



※ちなみに、高卒高卒と連呼しているが、高卒であることを批判したいわけではない。わたし自身も高卒なわけだし。
よく考えた上でも、なんとなくだとしても、高卒で満足している人や上手くいっている人はたくさんいると思う。
ようは自分で納得できるなら良いと思うのです。



この記事を書いて、今まで自分の中で進路決定について引っかかっていたものが、少しだけ和らいだ気がする。
またもやもやした気持ちになった時には、この記事を見返して頑張ろうと思えたらいいな。

こうやって自分が記したものが進路に悩むどこかの誰かの目に留まって、少しでも何かのヒントになれたら嬉しいとも思うけど、それよりも自分が自分の学歴について少し納得できたので、それだけでもこの記事を書いた甲斐があったなと思う。


おわり。



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友人と劣等感


先日、友人と食事に行った。

会話は主に結婚について。
話していて思ったのは、お互い結婚したくて、少し焦る気持ちもあって、そしてお互いよりも早く結婚したいんじゃないかってこと。



社会人になると同時に仲良くなって、会社が変わっても唯一定期的に会う大事な友人。

考え方や少し自虐的なところなんかが似ていて、話していて共感することが多かったんだよね。


でも最近の会話の中で、無理をしていたり、ちらほらとマウンティングのようなものが出てきてしまっているなと感じる。

それはきっと、お互い自分に自信がないから。
似ているからこそ「この人には先を越されたくない」なんて思う気持ちが少なからずあるんじゃないかなって思った。

わたしの憶測でしかないけど。
少なくともわたしはここで述べたような気持ちがあるというのが正直なところだ。
友人には申し訳ないけれど。



こんな風に思ってしまうのは、心からの友人ではないのかな、なんて思うこともあるけど。
今まで仲良くしてきた事実は変わらないし、相手を卑下して自分が優位に立ちたいかというとそうでもない。

ただただ自信がないんだ。

お互いがお互いに対して劣等感を感じているのかもしれないね。



わたしたちには少しだけ時間と距離が必要かもしれない。

また純粋に仲良くできる日が来ますように。

通信大学生のなつやすみ【奈良旅】


眠れぬ夜に、こんばんは。
さーです。



8月に念願だった奈良に行ってまいりました☺︎
記録用に書き留めておきたいと思い、記憶をたどって綴っていきます。





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◎今回の旅について
・1人旅
18きっぷ利用
・1泊2日






◎1日目

早起きして5時前に最寄駅を出発。


在来線をひたすらに乗り継ぎ

途中で食料を確保しつつ

およそ10時間かけて奈良へ。






暑いし、お腹空いたし、かき氷でも。



満たされたら、今度はお寺へ。



興福寺(工事中で阿修羅像見れず)
東大寺(大仏、二月堂からの開放的な眺め)



途中、鹿におせんべいあげたら追いかけられ突かれたよ。


※この子ではありません。


春日大社も行きたかったのですが、空腹と疲労がピークに達し泣く泣く断念。。





夕ごはんは古民家カフェでハンバーグ。


デザートにほうじ茶チーズケーキ




駅近くのホテルでおやすみなさい。







◎2日目

朝、8時半頃ホテルを出発。


向かった先は法隆寺


大学で仏教について学んだためか、仏像を見ると感慨深い気持ちになる不思議。
心が洗われるようです。




ついでに行った古墳…
なんだか想像と違うような?
ただの小高い雑草の生えた丘でした…





おだんご屋さんでみたらしをいただき





JR奈良駅に戻って、帰りのお弁当やらお土産を買い、さよう奈良。




途中新幹線ワープなるものを駆使して9時間ほどで帰ってきました。


18きっぷで旅らしい旅をするのは初めてだったのですが、変わりゆく車窓や街の雰囲気に、長時間列車に揺られるのも苦にならないくらいわくわくしました。



この時色々と悩んでいて、その気持ちが劇的に変わった!なんてことはなかったのだけど、少しずつ少しずつ分厚い雲が晴れていくような、そんな感覚になりました。


旅は心の栄養。

わたしの人生になくてはならないものです。




勉強だったり、節約のためだったり、旅にでない理由はいくらでもあるけれど。

それでもわたしは旅にでよう。








通信大学生のなつやすみのお話でした。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

かなり大雑把に書きました。
気が向いたら細かいところを補足するかもしれません。



それではおやすみなさい。